解剖学の教科書 その10 解体新書

画像


解剖学の教科書として紹介するというのもおかしいですが、解剖学の古典としてここに解体新書を紹介するにあたり、入門書として上記の「解体新書、全現代語訳、酒井シズ、講談社学術文庫、新装版1998」を紹介します。

解体新書(1774年刊行)はドイツ人医師、キュルムスが著した解剖学書のオランダ語版「ターヘル・アナトミア」という書物を翻訳したものですが、訳文は漢文です。したがって現代では極めて読みにくいため、1981年に著者が現代日本語に翻訳したもので、フリガナも多く振ってあり、何よりも読みやすい文章になっているので解体新書の理解が大変し易くなっています。本書の巻末には元東京大学小川鼎三教授の解説がついています。

この本の著者、酒井シズ先生は「解体新書」が日本文化史上で果たした役割は、第1に蘭学交流のきっかけを作ったこと、第2に医学の近代化への足掛かりになったことを指摘しています。

今の我々がこの書から新たな解剖学の知識を学ぶということはありませんが、西洋医学導入期のはじめにオランダ語と格闘して生み出された初めての和製解剖学用語の数々を見ているとその一つ一つが金属の溶接で散る火花のように思われます。

よく知られているのは、「軟骨」「門脈」「神経」など現代使われている用語がこの書によって生み出されたことです。

一方、多くの用語はその後の解剖学の進歩の中で消えて行きました。たとえば骨の名前はおおむね訳されていますが、そのまま現代も使われているものは一割ぐらいしかありません。たとえば側頭骨は太陽骨。確かに外耳孔から鱗状縫合へ向けて太陽の光が放散してゆくような形をしています。蝶形骨は木偏に質という字。捧げ物を載せる台のような意味です。そのほかにも奇妙で面白いネーミングがいろいろあります。変わった用語に出会うと、アンティークの店先で掘り出し物を見つけたような気分になります。

古い家並みや家屋などを見て歩く歴史散歩をすると、古い時代の人たちと時間を共有したようなほのぼのとした充実感がありますが、解体新書にもそれを感じます。若い人たちには難しいかもしれませんが、この本を読んで、当時は若かった杉田玄白らのチャレンジ精神を学んでもらい、自分の仕事に役立ててもらえたらと思います。

画像


上は解体新書の扉絵です。他の図版同様、小野田直武という人が描いたものといわれていますが、この扉絵だけは原書の「ターヘル・アナトミア」のものではなく、他の西洋医学書のものをアレンジしたものです。

上にある「和柬翻訳」の柬は蘭(オランダ)の意味。中央には「解体図」とあります。下にある天真楼は杉田玄白の書斎名。

漢文の原文は次のホームページで見ることができます。

http://www.lib.nakamura-u.ac.jp/yogaku/kaitai/index.htm

画像


上は、誤訳の多かった最初の解体新書に対して、後年、大槻玄沢が再度翻訳をやり直した、「重訂解体新書」の表紙です。これは杉田玄白の死後、1826年に出版されました。

この記事へのコメント

ヒューズ
2008年03月11日 09:52
 扉図に描かれた男女は、アダムとイヴらしいですね。そーいえば、おっちゃんはリンゴらしき物を持ってます。
 江戸時代に、こんな絵も使うなんて、無茶というか、勇気ある行動と申しましょうか。
 まさに、新しい時代の扉を開く、って意味を込めたのでしょう。
松戸解剖
2008年03月12日 09:51
ヒューズ殿
ありがとうございます。いいところを突きましたね。

この扉絵はターヘルアナトミアのものではなく、ワルエルダのラテン語の教科書のものを摸写して多少変更を加えたものと言われています。

杉田玄白がアダムとイブの話を知っていたかどうかは医学史的にも興味のあるところとされています。

この記事へのトラックバック