レンブラント その3

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レンブラントの3回目、トゥルプ博士が解剖する左手です。前項の論文ではこの部分については誤りなどを指摘していません。むしろこの部分は深指屈筋腱が浅指屈筋腱のアーチ状の停止部位を抜け出て末節骨に停止するいわゆる腱交叉 Camper's chiasma を表現していることで、以前から賞賛されているところです。

前記論文ではレンブラントの絵では当時一般に行われていた腹部の解剖でなくて、どうして前腕部の解剖を描いたのか、についても考察されています。それによるとこの絵が描かれる90年前に有名なファブリカを出版したアンドレアス・ヴエサリウスの影響があるとしています。

テュルプ博士の師ピーター・パウ博士はヴェサリウスの弟子です。ウェサリウスは構造と機能を結びつけた解剖学の革命を成し遂げた人で、古い解剖学の理論を否定していました。そして手についてはことのほか重要視し、「人間精神の肉体的表象である手は、あらゆる道具を使うための道具であり、神の智慧の象徴でもある。」と考えていました。

そのことはファブリカの中の自画像にも表現されています。ここでは右腕の解剖をしている自分の姿、そして浅指屈筋を剥いで、深指屈筋を示しCamper's chiasma を見せています。

前記の論文は次のような文章で終わっています。
「テュルプ博士はレンブラントに絵を描いてもらうにあたり、自身を偉大なヴェサリウスをたらんとして臨み、解剖学と機能の結合を確立する新しい時代を確信していたと思われます。」


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一番上の部分図は
The Hidden Rembrandt, PHAIDON, Oxford 1976 より引用しました。

この記事へのコメント

ヒューズ
2007年12月19日 10:40
 「1枚の絵画」にすぎない、レンブラントの解剖図ですが、解剖学的にもこれだけ、論議を呼んでいるのですね。
 多才な天才のさせる技と申しますか、ただただ、関心します。
 モーツアルトの晩年作、「魔笛」にしても、「フリーメーソンの影響がこれこれだ」「本格的なドイツ語ジングシュピールをどうしても書きたかった...」等々、多種多彩な専門家が見解を述べて、今もなお不朽の名作として存在してますね。
 これらの時代は、ヴェサリウスにせよ、なんらかの妨害を受けつつ、研究を重ねていったのだとおもいます。近年の我々の世界は、そうした制約の少ない時代に生まれて育ったことを感謝しつつ、解剖学にせよ、他の基礎学問にせよ、精一杯頑張ってほしいです。
松戸解剖
2007年12月21日 10:42
古い時代に描かれた絵の寓意を理解することはその時代についての相当な知識がないとできないことですね。この絵についてもたとえば寝ている死刑囚の右手は実際は刑罰で手首から先をちょん切られていただとか、分かっているそうです。一枚の絵からその時代へタイムスリップする、楽しい遊びですね。

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