レンブラント その2

先日レンブラントの「トゥルプ博士の解剖講義」という絵について解説したところ、仲間の解剖学者からコメントがありました。この博士が解剖している遺体の左前腕の筋の解剖学的形態は間違っているとのことでした。調べてみるとこのことは昔から言われていて、この絵に関心のある解剖学者や医師にはよく知られたことのようです。

ところが、一体、どこがどのように間違えているのかということになるとはっきりした定説はありませんでした。

ところが、ところが、絵が描かれて400年近くたった昨年、レンブラント誕生400年記念行事の一つとして、オランダ・グロニンゲン大学の外科医師たちにより、詳細な解剖に基づく論文が発表されました。これによりこの絵の左腕の謎は決着を見たようですので今日はそれを紹介します。

Frank F. A. IJpma, MD, et al : The Anatomy Lesson of Dr. Nicolaes Tulp by Rembrandt (1632): A Comparison of the Painting With a Dissected Left Forearm of a Dutch Male Cadaver, Frank F. A. IJpma, MD, et al, The Journal of Hand Surgery, Vol. 31A No.6, July-August, 882-891, 2006

この論文絵の描かれた時代背景から入り、これまでのこの誤っているといわれている左腕についての研究を紹介しています。そして実際のご遺体(41歳男性)の左前腕部を解剖し、絵と同じ角度から観察したり、絵で誤っていると思われる筋や神経が本当は何であったかなどを考察しています。写真も多く、レンブラントの絵の上に引き出し線を引いて誤りを解説していますのでとても読みやすくなっています。

画像


簡単に要約すると、
1. 博士がつまんでいる筋は腱との関連で浅指屈筋であるが、量が多く、通常ではつまみにくい他の筋も含まれている。

2. 浅指屈筋起始部から斜め右下に走る筋は実際には存在しない。切断した他の筋がこの部に寄せられた可能性がある。

3. 浅指屈筋の腱は4本あるが、そのうち中の2本(中指、薬指)の筋腹は外の2本(人差指、 小指)より浅層にあるはずであるが、絵では深層になっている。

4. 手首に近い小指側に見られる白いスジ状のものは尺骨神経のように見えるが、実際の走行とは異なる。

5.  古くから指摘されていること、「浅指屈筋の起始部が上腕の尺側(内側)になっていない。」は前腕が回外位にあることから正しい指摘ではない、としています。

この絵は169.5x216.5 という比較的大きな絵ですが、われわれが画集などで見るのは縮小版です。なかなか前腕部の細かいところまで見えません。よく見るためには大きな画集で部分図のあるものが必要になります。論文には鮮明な写真があります。所蔵しているマウリッツハウスの協力もあった、と論文に書いてあります。さすが、オランダ人達の協力体制ですね。

この記事へのコメント

伊太利屋次郎
2007年12月19日 11:02
レンブラントのトゥルプ博士の解剖学講義の絵の知的冒険の旅,面白かったですね。そろそろ終わりに近づいているようですが,日本語での文献をお知らせします。古川 明(1974)医史学雑誌,20: 289-312.ということです。日本医史学雑誌のことでしょうか。ここに詳細な説明があるとのことです。
松戸解剖
2007年12月21日 10:54
伊太利屋次郎殿 またまた貴重な情報をありがとうございました。さっそく文献の手配をしました。

次郎さんのコメントのおかげで2泊3日ぐらいのレンブラントへの旅ができました。厚く御礼申し上げます。

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